吉原 投げ込み寺 浄閑寺「東京の見所地域情報」
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吉原 浄閑寺「投げ込み寺」 [地図]

日光街道、明治通りの交差する「大関横丁」24時間交通が途絶える事が無い、主要道路が混じるわる交差点です。日本橋から北へ向う・・・江戸には品川の鈴ヶ森と小塚原の御仕置場がありました。江戸と地方を往復する人々が必ず目にする地点に作られたと言われております、線路沿いを北へ行きますと「史跡小塚原刑場跡地」です。都電荒川線では終点三ノ輪です、レトロな駅を降りると食べ物屋さんの多い商店街が続きます、下町の活気ある商店街です。道なりに歩きますと日光街道です、大型トラックが地響きをたてて走る商業道路です。日光街道から少し入った所に大きなお寺の塀が続きます、塀沿いに行きますと、小さな三門です、左脇には、古いお地蔵様がお迎えしてくれます。その脇には浄閑寺の説明が書かれております。読んで見ますと、浄閑寺は「投込寺」とも呼ばれております。それは新吉原の遊女が投げ込み同然に葬られた事から、「投込寺」と呼ばれるようになった。
「生まれては苦界 死しては浄閑寺」と読まれ新吉原総霊塔が建立されました。

[浄閑寺の塀]

[音無川と日本堤]

[浄閑寺入口]

[浄閑寺説明]
お寺をグルッと回る塀、入口の山門は小さめです。境内に入りますと正面には鉄筋で新しく作られた本堂です、階段でかなり上がります、普段は閉まって中は入れないようです、右手には事務所があります、今回は事務所の方が、親切に新吉原総霊塔、永井荷風の碑文を教えて頂きました。ここ浄閑寺は、コモで巻かれただけの遊女の屍体が二万五千体も門前へ投げ込まれたのです。 これはお話しではなく、歴史なのです。

[境内]

[お墓入口]

[永井荷風の碑文]

[新吉原総霊塔]
永井荷風の碑文の対側が新吉原総霊塔です、この一角は霊気か感じられます。「合掌!」 花の吉原名残の碑 吉原神社はこちらです。

[新吉原総霊塔]

[ひまわり地蔵尊]

[ひまわり地蔵尊]

[浄閑寺三門]
浄閑寺の近くには三谷街があり、労働し老い孤独死した人々のために、ひまわり地蔵を建立しました。

[都電三ノ輪橋]

[都電三ノ輪橋]

[商店街]

[大関横丁の説明]
都電荒川線の終点、三ノ輪。ホーム最先端?には丸いレトロな時計が時を刻みます。下町の雰囲気ですね!この駅から日光街道に向けて商店街が続きます。

[吉原大門交差点]

[みかえり柳]

[みかえり柳]

[みかえり柳]
「見返り柳」吉原大門交差点。日光街道から明治通り、その先に吉原大門交差点があります、角はガソリンスタンドですが、この道で一本だけが目立ちます。これが見返り柳です。説明を読みますと、ここは吉原遊郭の名所のひとつで・・・遊び帰りの客が後ろ髪を引かれる思いを抱きつつ、遊郭を振り返った事から、みかえりの柳の名があります。「きぬぐにのうしろ髪ひく柳かな 見返れば意見か柳顔をうち・・・浄閑寺の遊女は地獄!こちらの客は天国だったのでしょうか?歴史です![地図]
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